東京の河川


楊柳川(ようりゅうがわ)

日本河川管理コード
最終更新
2005/06/05
種別
自然河川,
名前
楊柳川(ようりゅうがわ)
記録
名前の由来
●楊柳沢御殿跡(八幡町2ノ11)

 東久留米市域は江戸時代に尾張徳川家の御鷹場で、正保元年(1644年)から延宝4年(1676年)まで前沢村(米津よねきつ)家領地)に大名の宿泊所が設けられ、楊柳沢(ようりゅうさわ)御殿や前沢御殿と呼ばれました。尾張名古屋城の別名である楊柳城との関連も考えられ、北側を流れる川は今も楊柳川と名付けられています。現在は旧延命寺跡の墓地となっていて、当時の遺構は現存しませんが、江戸時代の東久留米市域における徳川幕府の支配体制と御鷹場の関係を知る上で貴重な旧跡です。

所沢街道に程近い、ささやかな崖の下から突然始まる。東久留米下里1と八幡町2の境界線を流れる。

写真:上流→下流

流れは都営八幡町アパートに近づく。ここから蓋がされる。

写真:下流→上流

アパートの前はこのとおり。住人の方々が花を育てているようだ。

写真:上流→下流

道路に沿って流れる。というより、川に沿って道路が作られているというべきか。

写真:上流→下流

次の交差点が近づく。蓋をされた河川もここまで。

写真:上流→下流

交差点。ここから機械振興協会技術研究所の前の下の道路を暗渠で進む。

写真:上流→下流

小金井街道と交差する。この先は流路がつかの間はっきりする。

写真:上流→下流

しかしすぐにまた一般道の下を暗渠で進む。道なりに進む。

写真:上流→下流

道路の先で赤い舗装の狭い道になる。さいわい福祉センターの横を流れる。

写真:上流→下流

流れは幸町2と幸町3の境界を流れているようだ。その境界付近にある信号機から。手前方向から写真真っ直ぐ奥の方向に流れが続いていると思われる。

写真:上流→下流

信号を渡ったところ。

写真:上流→下流

さらに進む。突き当たりは、クランクになっている。

写真:上流→下流

しかし、クランクを超えたところで突然、ふたをかぶせた状態に逆戻りする。ここから下流は全てこの状態になる。

写真:上流→下流

幸町1-20,1-21付近。なぜか、この辺では、橋の部分がごみ集積場になっている場合が多い。

写真:上流→下流

幸町1-10付近。右がささやかな崖になっている。昔はここからも少しずつ水がしみ出ていたのだろう。

写真:上流→下流

その後崖から離れ北に(黒目川方向に)進路を変更する。この先で旧黒目川と合流する

写真:上流→下流

この区間の水路は、旧黒目川の再利用である。なんと旧黒目川の上流方向に流れる。

写真:上流→下流

現黒目川との合流点。手前右から左に流れているのが黒目川。正面から流れ込んでいるのが楊柳川。

この河川に対する接続状況
  右岸 [源流]
左岸  
黒目川:[訪問記] 右岸

左岸

東京の河川

東京の河川情報サイト

掲示板

非力な PC の場合、地図描画に時間がかかることがあります。特に IE は処理が遅いです。逆に Opera は爆速です。ただ Opera はスライド表示のとき表示範囲が妙にずれることがあります。

話題

2011/07/10
 リンク集のリンク切れを修正

2007/07/14
 Javascript 有効時、IE6 以下でも河川名の部分のメニューが出るようになった。

2007/03/11
 GoogleMaps を v2 API に移行させた時に失われた、スライド表示時の番号クリックでの該当記事移行機能の復活

2006/05/20
 GoogleMaps を v2 API に移行させた

2006/04/30
 玉川上水、熊川駅付近まで訪問記加筆
 玉川上水(田村分水)を更新
 玉川上水(熊川分水)を更新

2006/04/24
 玉川上水、第三水門まで記述。

無断転載禁 ©2004-2011 kasen.info