東京の河川


北川(きたかわ)

日本河川管理コード
最終更新
2005/08/14
種別
自然河川,
名前
北川(きたかわ)
後川(うしろかわ)
記録

この河川の源流は、東村山市の多摩湖の西部分である。そのあと現在の多摩湖部分を流れ、狭山公園部分に流れてきていた。しかし、多摩湖周辺部と湖底は進入禁止である。加えて、現在堤防工事中につき、堤防部分から下流部も撮影できない。これは堤防放水路から、少し下流の北川支流(宅部池)(きたかわしりゅう(やけべいけ))との合流点。本河川は、写真フェンス奥を左から右に流れている。

同地点から100mほど下流から。奥で堤防工事をしていて、進入できない。

写真:上流→下流

狭山公園から出て行く直前の橋から下流部分。いくつもの導水路があるのがわかる。雨天時にはこの水路を通ってここに水が流れ込むのだろう。北川支流(宅部池)(きたかわしりゅう(やけべいけ))からの流れ以外にも、周辺から水が流れ込んでいる。また写真では白く飛んでしまっているが奥に西武多摩湖線の鉄橋がある。

写真:上流→下流

狭山公園を抜け、同公園の東側を南北に進む道路の田向橋から下流。三面コンクリート護岸が姿を現す。この橋の北(写真左)から水路が合流してきている。多摩湖町2-7。

写真:上流→下流

200mばかり進んだ、河川が道路と併走する部分、多摩湖町2-4付近。山が近く、自然がまだ残っているせいか、いたるところから水が流れ込んできているのがわかる。セミがにぎやか。

写真:上流→下流

さらに少し進んだ、多摩湖町2と多摩湖町1の境にかかる欄干が豪勢な橋から下流。一応川底に降りられるようにはなっているが、こんな状態では降りる人はいないだろう。この部分で、狭山湖から東村山浄水場への導水菅が交差している。

写真:上流→下流

同地点から狭山湖方面。奥に見える観覧車は西武園遊園地のもの。

同じく浄水場方面。この辺は未舗装道路となっているが、しばらく進むと舗装道路になってしまう。

少し進んだ次の橋、多摩湖町1-36、1-37境界から。ここから次の橋まで両側に道路がある。川幅が少し広がったようだ。

写真:上流→下流

次の橋、多摩湖町1-35、1-34の境界から。左岸の道がしばらくの間かなり細い道になる。写真まっすぐ行ったつきあたり部分に、それなりの量の水が常時流れ込んできている。おそらく八国山緑地を源流としているのだろう。

写真:上流→下流

しばらく進んだ多摩湖町1-34、1-30境界付近の橋から。あいかわらずのコンクリート水路である。このすぐ北で都営住宅を建設していたとき、遺跡を発見したようだ。それが、...

写真:上流→下流

下宅部(しもやけべ)遺跡。同地点には詳細が記述されている別の看板がある。そこには遺跡の詳細な図のほか、この公園開園までのいきさつが書いてあった。当該部分を引用する。

下宅部遺跡の重要性から、都営住宅建築計画を変更し、遺跡のうち最重要点と考えられる約3000屬、当時の姿のまま地下に「埋没保存」されることになりました。

遺跡の保存にあたっては、発掘を担当した遺跡調査団をはじめ、市民有志による「下宅部遺跡はっけんのもりを育てる会」が中心となって、「成長する広場」をキーワードに、発掘成果を活かした「遺跡広場」として整備し、遺跡の保存と活用を考えてきました。

この「下宅部遺跡はっけんのもり」は面積としては小さな広場ですが、市内で初めての「遺跡」の広場として、みんなで育てて活用していける広場なのです。

ということで、はっけんのもりを流れるささやかな流れの源流部から下流部を眺める。写真中央奥がもう終点である。

写真:上流→下流

湧き出し口を眺める。正面奥に建つ小さな建物はトイレである。そのトイレの水を活用して、水が流されている ....... というわけではないだろう。看板によるとこの水路は「復元河道(湧水路)」と命名されている。おそらく現在も八国山緑地のおかげで流れ続けている湧水が活用されているのだろう。

写真:下流→上流

しばらく進むと、ここに出る。水は見てのとおりの場所から吸い込まれどこかに消える。もしかしたら本河川に流されているのかもしれないが、下水という可能性もある。この北(写真左上)方向に池がある。

元の河川に戻る。遺跡からしばらく進んだ野口町3-49。北山小学校の西の橋から上流側を見る。写真正面に水門があるのがわかるが、周囲に用水路は見当たらない。遺構なのだろうか。

写真:上流→下流

北山小学校の南を流れていく、本河川。

写真:上流→下流

しばらく進むと本河川は北山公園の南側を流れていく。これは公園東入り口付近にある看板。

で、公園西側から入る。これは西にかかる関場橋から下流側。

写真:上流→下流

同橋から北東方向。写真手前にある緑は田んぼ。

同地点から北方向。この田んぼは民有の田んぼらしい。奥にある山が八国山緑地。この公園にはあちこち水路が引かれているが、その水はこの八国山緑地の恵みによるものだろう。

公園の東の出口に近づいた部分にしょうちゃん池がある。写真右奥がそれである。それがこちらの池に流れ、写真手前の本河川に流れ込んでいるようだ。

合流点。写真左下に水しぶきが上がっている部分がそれである。ちなみに写真右奥からも水が流れ込んできている。対岸は畑である。

この部分の護岸はこのような一風変わった護岸になっている。

公園東の入り口にかかる善行橋から下流側。

写真:上流→下流

変わった護岸はここまで。よく中を見ると穴の奥には石が詰まっているように見える。護岸として石を詰めて、それを穴の開いたコンクリートブロックで封をした護岸のようだ。隙間から水が出るという仕組みになる。先ほどの写真の対岸から水が出ている部分も、この穴の一つから出ていた。

写真:上流→下流

西武西武園線を越え、始めての橋。諏訪町2-4。典型的な都市河川が続く。

写真:上流→下流

しばらく進んだ。諏訪町2-28。蛇行する。このすぐ手前に調整池がある。

写真:上流→下流

そこからすぐ下流に橋があり、そこから下流。諏訪町2-27、2-11境界。

写真:上流→下流

さらに一つ下流の橋から。諏訪町2-22、2-38境界から。都市河川でも上流側の自然が豊かだと、土砂が流入し、このような河原を作ることができる。都心に近い三面コンクリート護岸化水路ではこのような光景を見ることはできない。

写真:上流→下流

さらに次の橋から。諏訪町2-38、2-17境界。この先少し進んだ左方向に再び調整池がある。

写真:上流→下流

調整池のある部分から少し進んだ、諏訪町2-17。右岸に前川(まえかわ)が合流する。

写真:上流→下流

次の橋、東京都と埼玉県の境界上にある橋から下流。もうこの奥が合流点になる。

写真:上流→下流

合流点。本河川は左から合流してきている。

写真:下流→上流

この河川に対する接続状況
  右岸 [源流]
左岸  
 
   
 
   
 
北川支流(宅部池):[訪問記]
 
   
 
 
   
 
   
 
前川:[訪問記]
 
   
 
 
   
   
 
柳瀬川 右岸

左岸

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